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ブラバンの思い出

テキトー日記
06 /15 2012
2週間ほど前の土曜日の朝、『題名のない音楽会』を見ていたら、何と、東京佼成ウインドオーケストラの特集だったのよ。

ブラバン小僧の血が騒ぎまくり、ひとり興奮しながら見ていたわけ。

そしたらいきなり建部知弘作曲/藤田玄播補作『コンサートマーチ・テイクオフ』をやりやがったのよ!

ションベンチビりそうになるほど感激したわ(^O^)

1987年度・全日本吹奏楽コンクール 課題曲Dです。

ガキおやじ、まさにこれを演奏したの。高校2年の夏。

低迷していた母校の吹奏楽部が5年ぶりにブロック大会で金賞をとり、神奈川県大会へ進んだ思い出の曲だ。

神奈川県大会では残念ながら県代表のノミネートの最低条件である『優秀賞』はとれなかったが、我が母校の快進撃はここから始まった。

今となっては母校は『ブラバンやりたくて』遠くから通ってくる生徒がいる。関東大会は当たり前、夢の『譜門館(東京都杉並区方南町にある全国大会の舞台。東京佼成ウインドオーケストラの本拠地)』までもう一息と言うところまで来ている。公立高校なのにこれは誇らしいよ(^-^)v

さて、翌年(1988年)はガキおやじ最後の夏。課題曲E 松尾善雄作曲『ハロー! サンシャイン』、自由曲・アルフレッド・リード作曲『ハムレットへの音楽』で、初の関東大会進出を狙った。

ブロック大会は当然のようにトップで通過、神奈川県大会では、創部初の優秀賞を取った。県大会出場24校のうち、優秀賞受賞は8校、その中から、関東大会へ進む県代表が4校選ばれる。

高校3年の夏。ガキおやじが部長を務めた我らが吹奏楽部は5位に終わった。夢にまで見た県代表にあと一歩。創部以来最高成績を得た喜びはなかったな。

ガキおやじの代は、恐らくあとにも先にもない、男子生徒の方が多い代だった。男10人、女8人。手前味噌ながら、男女とも精鋭が揃った『狙える』代だった。俺たちの代で関東大会に行けなきゃ当面行けないと思っていた。

しかし、そんな自惚れはあっさりと崩壊する(^O^)

翌年、何が起こったのかわからないが、初の関東大会出場を果たしたのだ。

当然ガキおやじは後輩たちの県大会での奮闘を客席で聞いていたよ。そしてビックリした。

『メチャクチャうまい』のだ。あり得ないほどうまかった。いつどこでドーピングしたんだ?

課題曲B『交響的舞曲』と自由曲『呪文と踊り』。客席で聞いていて、『これなら絶対に関東に行ける!』と思ったね。

その『母校創部初の県代表メンバー』に、チタン君の嫁さんとガキおやじの妹がいるの(^O^)

この二人には頭があがんないわけ(爆)。

でも、俺たちの代は、先輩も後輩も羨むほどの仲良しの代だ。いまだに毎年事ある毎に集まっている。

メールひとつですぐに集まる。長野からだって広島からだって飲みに来る。バカ揃いで他に友達がいない代とも言うけど、また8月に集まります。

高校のブラバンバカの仲間が、ガキおやじの人生で最高の宝物です。

ガキおやじ

昭和44年生まれ、神奈川県横浜市出身、藤沢市在住。O型てんびん座の2児の父。根っからの釣り好きだけど、道具に凝ったり、奥義を極めたり全くしないテキトーおやじです。昭和のガキの遊びとしての釣りを40年以上続けています。たかが魚じゃんか。竿と糸とハリとエサがあれば釣れぬ魚ナシ!! 自然を満喫しつつボケ~っとアタリを待つ釣りを愛し、釣った魚は酒の友として美味しくいただくのがモットーです。

上の写真は、神奈川県民の象徴ともいうべき江の島の頂上から見た片瀬川河口と江の島大橋、片瀬東浜です。きれいでしょ?